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ひょっとしたら,この男ほど屈辱を味わったプレーヤーは他にいなかったかもしれない.
だが,本当に屈辱を味わってしまったのかどうかは,僕には分からなかった.
しかし,金煕洙
--KIM Hee-Soo--程不可解な負け方をしたプレーヤーはいなかったのではないだろうか・・・.


佐賀でのアジア選手権男子ダブルス決勝平山・土師戦での金煕洙。このゲーム(アジア選手権のベストマッチ候補)に惜敗して以降、大阪→釜山と日本戦8戦して全勝である

 今大会,二人の男子選手が女性観衆の熱心な応援を受けていた.台湾の劉家綸と,そして金煕洙(KIM HEE-SOO)であった.特に金煕洙の応援団は,ハート・マークをかたどった文字入りの手製の垂れ幕を掲げ,正に黄色い声援を送っていた.会場に来ていた金煕洙の奥さんの焼き餅を焼いたりはしないだろうかと,いらぬ心配をしてしまうほどであったが,彼自身はいたって平静に見えた.劉家綸が若きスポーツ・マンであるのに対して,金煕洙はごっつい漁師といっても通じそうな印象であった.骨太な体つきながら,やや切れ長の目は韓国人特有の顔つきを醸し出しており,それが韓国女性の絶大なる支持につながっているように思われた.

 金煕洙を見るのは,これで3度目であった.これまでの印象は,とにかくスマッシュがすごい!につきた.スマッシュの威力はもちろん,打点の広さ,精度,どれをとってもすごい.特に日本のネット・プレーヤーには決してみられないバドミントン・スマッシュのような技術を持っており,難しいロビングに対してミスすることなく,角度のあるスマッシュを佐賀や大阪で披露してくれた.肩関節の内旋・外旋と手関節の掌屈・背屈などが顕著であるように思われた.

金煕洙のスマッシュ。2001東アジア五輪シングルスより。
金煕洙のサービスリターン。国別対抗日本戦より。
 ところで,バドミントン・スマッシュのような技術についてだが,誤解をまねく恐れがあるかもしれない.
 例えば,論理としてはこんな考え方だ.金煕洙はフット・ワークに劣っているので,難しいロビングに対してはバドミントンの技術を使わないと対応できない,というものだ.金煕洙は日本人プレーヤー同様のスマッシュ(恐らく肘関節の屈曲・伸展をメインにしてスマッシュを行う方法.)もできるが,ある閾値を超えたロビングに対しては技術を変えて対応しているのだ.

 
これは劉永東のスマッシュ。2002.4の予選会より。
現代ソフトテニスでは,ラケットの開発に負うところが多いのであろうが,ドライブ回転のよく掛かったロビングは高速化しているように感じられる.そのような中,韓国選手達は,国際大会において速くて深いロビングに対して はバ ドミントン・スタイルのスマッシュを採用し,確実にポイントにつなげ ているし、またスピードのある劉永東ですらこのバドミントン・スタイルのス マッシュを採用していた. しかし、現在の日本人選手にそのような技術の使 い分けをみることはなく,”つなぎ”のスマッシュになってしまったり,ミス で終わっていることが多いのが実状だ.

 更に,韓国選手の基礎体力レベルの高さがある.例えば,台湾や日本の選手が試合を終えて,選手控え所では汗だくになってベンチに座って,疲れ切って誰とも話をしたくないという雰囲気をあからさまにしているのに対し,韓国勢は同様に汗だくになりながらも,試合直後のマスコミのインタビューにも平然と息を切らすことなく答え,私たちの前をすたすたと歩き去って行くのだ.その両者の体力差は,勝敗という心理的影響を考慮しても,かなりの差があることは明らかであった.つまり,韓国選手達の基礎体力レベルの高さは,誰の目にも明らかであった.彼らはスピードと持久力に長けていた.決してフット・ワークに劣っているようなことはない.そんな彼らがバドミントン・スタイルのスマッシュを採用している理由を考える必要があるようだ.どうやら,スマッシュ技術の転換が日本国内で迫られていることは間違いない.

同じく日本戦から金煕洙のストレートボレー。
 ところが金煕洙は,そのスマッシュの切れ味を佐賀や大阪ではボレーに活かすことができていなかった.スマッシュを追う体勢に入れば,獲物を追う鷲となり得たが,ネット近くにいては輝けなかった.
 しかしこの釜山では,大幅なイメージ・チェンジに成功していた.結論から言えば,クロスのポーチ・ボレーでは劉永東に一歩譲ったものの,大会No.2ネット・プレーヤーは金煕洙であることに間違いなかった.レシーブの破壊力,ストレート・フォア・ボレーでの積極的な態度と確実さ,威力,特にストレート・フォア・ボレーは劉も及ばない切れ味で,ほとんど勝負に出て,ポイントになっていた.
 既に書いたが,二重モーションを使いながら,パッシング・ショットをケアしながら切れ味鋭くスタートを切り,破壊力と安定性に富んだボレーを,これでもかこれでもかと決めてくる.ストレート・フォア・ボレーに限っていえば,金煕洙が今大会No.1であった.これほどまでに変わった姿を見せてくれるとは,正直言って想像もできないことだった.. ---->