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ドーハで活躍が期待されるプレーヤー達 4 高川経生編
2006天皇杯
2005東アジア五輪での高川経生

 アジア競技大会四回連続出場の偉業を達成した高川(NTT西日本広島)のハーフボレー

 1994年の広島大会、1998年のバンコク大会、2002年の釜山大会、そして今回の2006年ドーハ大会。ひとくちに4回といってもアジアオリンピックは四年に一度の開催であり足掛け12年ということになる。

 

 ソフトテニスがアジア競技大会に正式種目として参加したのは1994年の広島大会からであるから、全部に出場していることになる。もちろん日本では高川だけである。韓国では劉永東(ユウヨンドン)のみ。台湾では北京(1990公開種目としての参加)から釜山まで出場した廖南凱(リャウ・ナンカイ)のみ。このビッグネームをみてもいかに偉大な記録かがわかるだろう。

 1994年当時、まだ天皇杯のタイトルこそなかったが、1993、1994年と連続して天皇杯の決勝に勝ち上がり(ペア森田)、着々とトップに上り詰めつつあった。天皇杯の初優勝は広島アジア大会の翌年の1995年。以後今日に至るまでトップに君臨。それどころか昨年からのタイトルラッシュは全盛期といってもいいほどの勝ちっぷりである。また中堀成生とともにこれほど長い期間トップにとどまった選手は例がないのではないか?

 国際大会の初出場は1993年の第一回東アジア競技大会(上海)以後14年連続で代表入り、もちろんこれも最高記録である。その間に3度の国別対抗団体戦の優勝(1995世界選手権、2000アジア選手権、2001東アジア選手権)と1度の個人戦優勝(2001東アジア五輪ダブルス)がある。これをおおいとみるか少ないとみるかは難しいところだ。というのも現在ほど海外にライバルのおおい時代もないからである。アジア五輪への参加が海外勢(韓国、台湾)のモチベーションを飛躍的にあげ、プロフェッショナルといっていいつわものが次々登場してきた。そのとんでもないレベルの高さは国内だけしかみていない人には決してわからないし、またそういう人ほど無責任な批判をしたがるものである。そういう人には一度海外にでかけてみるとよい。世界ではどれほどたいへんなことがおきているか、いかにソフトテニスがエキサイティングかつスペクタルなものになっているかが、嫌になるくらいおわかりになるはずである。念のためにいっておくがビデオなんかでみたってだめである。絶対にわからない。生の空気にふれないかぎり永遠に理解しえない。

2005東アジア五輪での高川経生

 国際大会では苦戦続きの中堀・高川だが、その別次元といっていい(国際大会の)レベルの高さが彼等のモチベーションの持続になっていることは間違いないのではないか。はやい話、海外にしか彼等にライバルはいない。彼等の少し先輩にあたる北本・斉藤とともに彼等はいままで誰も経験したことのない高い競技レベルでアジアを転戦し、ぐんぐん高みに昇っていった。さらに彼等は2度にわたる大きなルール改正も経験している。ルール改正と国際大会の増加は密接にリンクしているが、賛否はいろいろとはいえ、こと技術に関しては、これも飛躍的に可能性をひろげたことは疑いがない。いいかえれば現代のソフトテニスは難易度がめちゃくちゃ高くなっているのである。

 ところで、なにかいうと若い選手、若い選手といいたがる人がおおいのはなぜなんだろう。いや若い素晴らしい選手を待望するのは僕も同じだ。でもそれは中堀・高川をみとめてからであるといいたい。彼等のまわりにもそういう声があるのは事実である。しかし彼等はそれらを実力で黙らせた。たいしたものである。

2005東アジア五輪での高川経生

 さてドーハ。無論、苦戦は必至である。どう戦うのだろうか?ダブルフォワード一辺倒といってよかった昨年。しかし台湾には見事にはねかえされた。今年はスタイルを微妙に変化させている。5月の予選と10月の全日本ではまるでテニスがちがう。端的にいえば雁行陣よりのスタイルになっている。もちろん予選と全日本ではサーフェ−スが全く違うということもある。いずれにせよ、ダブルフォワード的な要素はのこしながらも雁行陣ベースというようなスタイルになるのだろうか?中堀のボレー技術は昨年よりもかなりアップしており、より多様なテニスが可能になっていることは間違いないのだが・・・

 

 動画のハーフボレー。これは1994年のルール改正以降に重要度が増した技術である。あらゆるソフトテニスのスキルのなかで難易度のもっとも高いものであり、できるだけ、ハーフボレーを打たされるような局面には直面したくない。しかし、必ずそのような場面は訪れるのもまた現実?である。またハーフボレーはある意味究極のタッチプレーであり、テニスのセンスもおおいに問われるプレーである。

 ここでの高川は一瞬、前につめて処理するようなそぶりをみせるが、間に合わないと判断し、下がりながらハーフボレーをおこなっている。ラケットフェースの完璧なコントロールは名人のそれであり、ボールをうかせないように細心の注意を払ってスピンをあたえている。19コマめのラケットヘッドの位置に注目。ヘッドを落とすことはトップスピンの基本である。

 膝の強さ、柔らかさは驚嘆すべきもので、それがタメをつくり、打点の微調整等をコントロールしている。ハーフボレーの状況というのは打点のキャパが極端に少ない、というか一点しかないといっていいほどなので、膝の強さ、柔らかさは極めて重要である。

 目線にも注目。打球前、インパクト、打球後と決してボールからはなれていない。これは基本中の基本だ。

 苦しい体勢で打たされてはいるが打球後のリカバリの早さもさすがである。

(by TOSHI)
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